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解答


第167回(2011.1.16)出題の解答

「雲海 氏作」 ナイト王成禁協力詰 19歩38歩78歩99歩 +歩10, 17歩41歩58騎61歩97歩 #87 

【出題時のコメント】

 例によってネットを漁っていたら「大貧民のススメ」という記事を見つけました。清貧な生活を薦める記事ではなく、トランプゲームの「大貧民」のことです。このゲームは「大富豪」という正反対の名称で呼ばれることもあり、やたらローカルルールが多いのが特徴ですが、この記事では「どうすればゲームが盛り上がるか」が考察されています。
(http://www.fukuzatsu.jp/mailmagazine/20031222.html より引用)

さて、ゲームが盛り上がるのはどんな時だろうか。
例えば、大貧民が一挙に富豪になるなど、意外な展開が時たま現れると盛り上がる。ふんぞり返っていた富豪が一瞬にして貧民におちぶれても、ざまあみろ的に楽しい。
しかし、そういうことがあまり頻繁にあると、運だけのゲームになってしまい、大人には物足らないし、そもそも身分制度の意味がなくなってしまう。このあたりが難しい。

 この記事ではルールの最適化についての結論は書かれていませんが、私も少し考えてみました。面倒なので、ここでは人数は4人(大富豪・富豪・貧民・大貧民)、カードの交換は大富豪と大貧民で2枚、富豪と貧民で1枚とします。
 ここで更に話を単純化して、互いの戦力は持っているAと2の枚数だけで決まるとしましょう。もし初期の状態でAと2が各人1枚ずつ平等に配られたとすれば、交換後の状態(Aの枚数,2の枚数)は、大富豪(2,2)、富豪(1,2)、貧民(1,0)、大貧民(0,0)となります。
 これだと戦力差があり過ぎて身分変動が起こらないように見えますが、もしこの4人を「大富豪」と「大富豪以外」に分けると「大富豪」(2,2)、「大富豪以外」(2,2)となり戦力は均衡します。つまり大富豪以外の3人が結束して大富豪を倒す動機付けさえあれば、このゲームは「運のゲーム」から「実力のゲーム」なると考えられます。具体的には「都落ち」(大富豪以外の誰かが一番に上がると大富豪が自動的に大貧民になる)を採用するとか、点数配分を工夫して大富豪さえ倒せば他のプレーヤーに大きな利得が生じるようにすれば良いでしょう。人数が5人以上(カード交換のない「平民」を加える)なら、更に大富豪はその地位をキープするのが難しくなるはずです。他者のカードは見えませんし、誰かが抜け駆けして結束を乱す可能性もありますが、主に「富豪」が「大富豪」を攻撃し、他のプレーヤーがそれをサポートするような基本戦略を採れば、頻繁に身分変動が起こる緊迫の戦いとなるでしょう。

 もしこの考察が妥当だとすれば「大貧民」でみられる様々なローカルルール(その多くは大富豪の力を弱めるために考えられたもの)は、未熟なプレーヤーのために運まかせの要素を増量したに過ぎず、熟練したプレーヤーが戦略的思考を競うためには却って邪魔になりそうです。「シンプルにすること」はフェアリー詰将棋のルール設定を考える際にも重要なポイントですが、これは単に「ルールを覚えやすくする」ためだけではなく、「作家が高度な構想を追求することを妨げない」ためにも重要です。良くできたルールは人為的な仕掛けがなくとも良い作品を生み出すものです。

 さて、今回の出題は第157回出題でも超大作を発表された雲海氏の作品です。本作に付いている「成禁」条件は成・不成の選択を取り去るので、どちらかと言えばルールをシンプルにする部類の条件なのですが、本作を解くと「実は詰将棋って“成”のルールがない方が高度な作品ができるんじゃない?」などと考えさせられると思います。
 ナイトを歩で詰める問題は加藤徹氏のナイト玉ばか詰169手第15回神無一族の氾濫の2、3などいくつか作例がありますが、今回の作品はそれらの中でもトップクラスの難問に属すると思います。従って、解答募集期間も通常より長く4週間としています。本サイトのトップページでの出題は今回で一旦休止となりますが、区切りにふさわしい作品ですので、ぜひチャレンジしてみてください。
 

2011年2月6日に追加したヒント
4手目が肝。ここで選択を誤ると、一見詰みそうに見えても決して詰みません。

 

【ルール説明】

【手順】

59歩 46騎 47歩 38騎 39歩 57騎 58歩 45騎 46歩 37騎
38歩 56騎 57歩 68騎 69歩 76騎 77歩 55騎 56歩 67騎
68歩 46騎 47歩 54騎 55歩 66騎 67歩 47騎 48歩 28騎
29歩 36騎 37歩 55騎 56歩 67騎 68歩 75騎 76歩 54騎
55歩 35騎 36歩 27騎 28歩 46騎 47歩 34騎 35歩 26騎
27歩 45騎 46歩 66騎 67歩 74騎 75歩 53騎 54歩 65騎
66歩 73騎 74歩 52騎 53歩 33騎 34歩 25騎 26歩 44騎
45歩 32騎 33歩 24騎 25歩 43騎 44歩 64騎 65歩 72騎
73歩 84騎 85歩 63騎 64歩 51騎 52歩 まで 87手
詰上り

動く盤面で鑑賞する(Flash版)Flash Player 9が必要です)

動く盤面で鑑賞する(Silverlight版)Silverlight 4が必要です)

 

【作者のコメント】

 神詰大全(PDF版)の53ページで紹介されている成禁の駒詰と、OFMの資料集にある駒詰を拝見したのですが、成禁+歩の配置だとどうなるかを疑問に思いました。
 試しにナイトでfmを走らせてみた所、完全作が得やすく、80〜90手台の完全作が何作か得ることができました。中には初形と最終形が共に左右対称形の作もあって、その方向で良いのができないか試行錯誤した所、上記の作が得られました。
 当初は
・初形と最終形が共に左右対称形
・歩18枚使い切り
・手数は80手台以上
の3つが共存できないかなと思っていたのですが、なんと希望していたものが見つかってしまい、これ以上欲張りたいことが思いつかなかったので、これで投稿させて頂きます。
 難易度は・・・すみません、わからないです。51でしか詰まない形ではあるのですが、そこからの逆算で解くのも難しそうな気がします。

【解説】

 私がこの投稿を受け取った当初は「詰上りはひとつしかないので、そんなに難しくないだろう」と思ったのですが、これはとても甘い予想でした。それどころか、この作品は正に迷宮そのものでした。宝物庫がすぐ近くに見えているのに、どの通路を使ってもそこに辿り着けません。堂々巡りを繰り返すうち、ついには時間と体力の限界が来ました。つまり、自力では解けなかったということです。
 まず、初形を見てみましょう。初形は綺麗な対称形。1筋と9筋の向かい合った歩の配置と成禁の設定から、この筋は使うことができず、実質2筋から8筋までの7×9の盤で解かねばならないことがわかります。
 また、41と61に置かれた歩からこの位置での詰上りが防がれており、51で詰む形しかないことが分かります。また少し逆算をすれば詰上りが以下の1通りしかないことも容易に分かると思います。
詰上り
 ここから10数手はほぼ必然の逆算が続き、その少し先には左右対称の綺麗な形も出現します。
逆算図の例
 これが最善かどうかはともかく、まずはこの形を目指して手を進め、歩の数や手数が足りなかったら別の逆算コースに修正して最善解を求めれば良い……というのが、私が解図した際の基本方針でした。実際少し試行錯誤するだけで、趣向的に玉を運ぶ繰り返しパターンが出てきて、これに非常によく似た形に辿り着きます。でも、まったく同じ図にはなりません。どうしても歩や騎の位置が一手分ずれてしまうのです。

 なぜ、うまくいかなかったのか?――実は最初の選択肢ですでに間違えていたのです。
 これが問題の局面、4手目の選択の場面です。
3手目47歩まで
 そこまでの3手は左右の違いこそあれ選択の余地はありません。ここで初めて選択肢らしい選択肢が登場します。とは言っても、2筋方面に騎が跳ぶ手はすぐに切れてしまうので、実質6筋方面に跳ぶ2つの手と、38騎の3択です。私はここで一番自然に見える67騎を中心に読んだのですが、実はもうこの時点で不詰が決まってしまっているのです。それもただの不詰ではありません。歩の枚数や手数に制限がなくとも金輪際詰まない「絶対的不詰」です。つまり、とりあえず詰む手順を見つけてから最善解を求める、という解図方針はここですでに破綻していたのです。

 なぜ67騎とすると詰まないのか?
 自分では理由が分からなかったので神無太郎氏に相談したところ、見事に「詰まないことの証明」を見つけてくれました。以下に神無太郎氏からのメールからの抜粋と、それについての補足を交えながら説明をしていきたいと思います。まずは前提となる重要な概念から。

神無太郎氏のメールより(その1)
到達図と初形での歩の位置の距離から手数の偶奇が決まります。
途中で取られても打ち直して元の位置に戻すには2手必要なので、偶奇には影響しません。

 証明を行う上で、重要な概念に偶奇性(パリティ)があります。盤面をチェス盤のように白と黒の市松模様に塗り分けた場合、騎は「白→黒→白→…」のように必ず1手毎に色違いの場所を通過していくことになります。仮に将棋盤のマスを「筋+段」が奇数のものを「奇マス」、偶数のものを「偶マス」と呼ぶことにすると、本作は「奇マス」(58)から出発して、「偶マス」(51)に到達するので、通過する「奇マス」と「偶マス」の数は一致します。
 また、証明には歩の移動も考慮に入れねばなりません。特に途中で歩を取って打ち直す場合が厄介そうに思えますが、上記引用の2行目にあるように偶奇には影響しません。つまり「歩が最初にどの段に出現し、どの段で止まるか」だけを考えれば良いということで、これが証明の重要なポイントになります。

 さて、ここからが本番です。67騎とした局面が上記の必要条件(騎が通る「奇マス」と「偶マス」の数が一致すること)を満たさない(つまり詰まない)こと証明します。詰上りでの歩の位置は決まっていますから、ここから騎の経路を検証します。

神無太郎氏のメールより(その2)
▲は歩の初期位置、△は最終位置を示しています。
騎の通過枡を58含めて市松模様に色づけしました。
騎は水色の枡と黄色の枡を交互に通過することになります。
ただし、色付けしたのは、▲と△の位置だけから考えられる最低限の通過位置で、▲の位置から△の位置まで一枡ずつ満遍なく通過するということからの色付けです。
なお、途中で歩が取られた場合。(昨日書いたように)2手増加、つまり連続した2枡を追加(水色1枡+黄色1枡)で通過することになります。

(中略)

下側が失敗図(紛れ)です。
水色の枡が黄色の枡より1つ多い状態なので、このままでは58→51の移動は不可。
2筋と8筋の▲は△と同じ位置に仮置きしてあるが、これを下げても水色の枡が黄色の枡に先行して増えるので、水色の枡と黄色の枡の数は、やっぱり同じにできません。
失敗図

 上図で色が塗られた箇所は、歩で王手をすることから、騎が必ず通らなければいけない最小限の領域を示しています。色を数えると、青色(奇マス)が15、黄色(偶マス)が14で黄色が一つ足りません。2筋と8筋を除いて3筋から7筋で考えると、青色15、黄色12とその差はさらに増え、2筋と8筋の歩が最初に出現する位置がどこであっても、青色の数に黄色の数が追いつかないことが分かります。また、二歩禁を考慮すると、同じ箇所が二重にカウントされるのは一旦歩を消して打ち直す場合だけですが、このとき青色と黄色は同数ずつ増えるため、この方法でも黄色の数が青色の数に追いつくことはありません。3・4・6・7筋では▲が一旦△を追い越す場合も考えられますが、詰めるためには元の△の位置に戻る必要があるので、歩の打ち直しが行われ、このときに青色と黄色は同数ずつ増えます。結局詰むための必要条件(青色と黄色が同数であること)を満たす方法はありません。つまり、詰まないということです。

 また、これと同様の図を4手目65騎に対しても作成すれば、こちらも不詰であることが分かります。結局4手目は38騎とするしかなかったわけですね。

 念のため、同じ論法で作意順が必要条件を満たしていることを確認してみましょう。(太郎氏のメールでは成功図の方が先に説明されていました。)

神無太郎氏のメールより(その3)
上側が成功図(作意)で、8筋の▲は△と同じ位置。
水色と黄色が同数で増加分も同数なので、初期位置(58)の水色から詰上り位置(51)黄色まで移動できる(交互に)ことと矛盾しません。
成功図

 作意では6筋での最初の歩の出現が15手目69歩、2筋での最初の歩の出現が31手目29歩で、それがこの図に反映されています。青色17、黄色17でちゃんと条件を満たしていますね。失敗図と比べた場合、異なっているのが6筋の歩の出現位置です。これが失敗図に比べ1段低く、黄色の不足を補っています。また、仮に4手目38騎を読んでも、うっかり66歩などと打つ展開(例えば8手目から65騎とする順)に入り込んでしまうと、またしても詰まなくなります。2・6・8筋の歩は奇数段目に打つよう注意しながら手順を進める必要があるわけです。

 本作の作意では3筋・5筋・6筋で1度ずつ、4筋では2度も歩の打ち直しが発生し、8筋には最後まで手を付けないという、普通ならとても指す気がしないような、直感に反する不自然な手順を読むことが要求されます。また、至る所に「絶対的不詰」の落とし穴が存在し、しかも穴に落ちたことがはっきりとは分からないため、「とりあえず詰む手を探して、それから手数短縮」という協力詰の常道的な解き方も通用しません。上述の「偶奇性」を意識せずに解こうとすれば、膨大な試行錯誤が必要となるでしょう。これまでずいぶん難問を出題してきたこのコーナーですが、こういうタイプの難解作はありませんでした。左右対称の初形から始まって、左右対称の詰上りに到達するのに、手順はまったく左右対称でないというのも不思議な話で、本作は「計画性のないやみくもな読み」や「過去の経験から蓄積された手筋」だけではなかなか解けない、理論的分析を要求する稀有の作品ということになりそうです。
 また、本作は「ある筋から出発した騎が元の筋に戻るとき、元の段の1段上か1段下に戻らねばならない」という条件の付いた「ナイト・ツアー」の一種とみなすこともできます。将棋盤上では複数の条件が絡み合い、例外条件を含むことも多いので、「ナイト・ツアー」の研究成果そのものが役に立つことは少ないと思いますが、それらの成果を得るために使われた手法は詰将棋への応用も充分可能だと思われます。WikiのKnight's tourのページを見ると、この種の問題はすでに9世紀頃には出現していたそうなので、興味のある方はこの世界を覗いてみると良いでしょう。古人の知的遊戯の産物に接することは古図式鑑賞に通じるものがありますし、もしかしたら創作意欲を刺激するような「作品」だって存在しているかもしれません。

 なお、本サイトでのトップページ出題は今回をもって一旦休止になります。節目の出題にふさわしい作品を寄せて戴いた雲海氏、及び一見混沌とした手順の持つ本当の意味を明快な分析で炙り出してくださった神無太郎氏に改めて感謝したいと思います。
 筆者はこの後、WFP作品展の方で担当を務めさせて戴きますので、本サイトをご愛読してくださった読者諸氏には、引き続きWFP作品展の方に作品や解答をお寄せくださるようお願いいたします。


【正解者及びコメント】(正解者なし→正解:1)

 
 
難問のため解答募集期間を通常より1週間延長し、ヒントも追加した今回の出題ですが、危惧していた通り正解者ゼロとなりました。
ただ今回は小峰さんがfmで解答を見て「感想」を送ってくださいましたので、これを掲載します。
本日以降でも感想を送って戴ければ、随時追記していきたいと思います。
 
 
小峰耕希さん

OFM#167の解答手順をfmでカンニングしました。
根気強く解図するという作業をサボったので、手順だけを眺めても、全てを理解する事は到底出来ませんが、確かに4手目はつい他の場所へ逃げる手から考えてしまいそうです。
手順自体はまったく左右非対称なのだが、詰上ってみると何故か再び左右対称形になっていて感心しました。
自分も以前、ナイト王やナイトライダー王の作品を発表するのに凝った時期がありましたが、そのときやったのは「創作」ではなく「発見」や「発掘」と称されるべき作業でした。
別にどちらの作業が尊くてどちらが卑しいなどとは思いませんが、本局で作者が意識的にコントロールした(出来た)のがどの辺りまでで、どこから先が偶成なのか興味のあるところです。

私は偶然の産物か意図的な創造物なのかはあまり気にしない方なのですが、本局は「偶然×意図的選択」の成果でしょうね。
良い成果が得られやすそうな領域を選び、試行錯誤を繰り返し、得られたものを評価し、満足のいくものが見つからなければ更に探索領域を修正する…といった作業の繰り返しで良い物を見つけだしたのだと思います。
今回は神無太郎さんの分析で、なぜこんな不思議な手順が成立するのかという理論的背景まで明らかになったので、この作品の意義が一層高まったと思います。今後はこの成果を利用して意図的なコントロールを徹底して行った作品も現れるかもしれません。
 
 

2011.2.13 17:30追記:

結果稿をアップロードした後、たくぼんさんからメールが届きました。
実はこの問題、たくぼんさんは解いていたらしいのです。曰く、
「OFM167回出題は解図しておりましたが、土曜日にメールをするはずが、仕事多忙と夕方からの発熱でダウンしてしまい、適いませんでした。申し訳ありません。」
とのこと。自己申告ですが、たくぼんさんですから解けているのは間違いないと思います。解答番付等への反映は後日行い、まずは感想を掲載します。
 
 
たくぼんさん

詰上り位置は、予想が付く(51玉)ので逆算にて解図を開始して流れを掴み、正算で解図してドッキングという手法を用いました。
4手目のヒントをもらって、あとはひたすら手をつなげていく闇雲流。
何故解けたかはよく分からないですが、偶然なんでしょう。詰上り左右対称は見事でした。

 
 
さて、少し変則的ですが今回がちょうど区切りということで、今回の分も含めて解答成績を集計しました。
結果はたくぼんさんが粘り腰で首位をキープ。これで4年連続の単独首位です。

2010年度解答成績

なお通算解答成績でも、たくぼんさんはトップ。こちらは累積なので余裕の首位快走です。やはり「継続は力なり」ですね。

(2011.2.13 七郎)


第166回(2010.12.19)出題の解答

「神無七郎 作」 /EFP=(22S|-11R):兎 協力詰 53兎54兎55王, 52玉 @+ #33 

【出題時のコメント】

 先月の末に常用漢字表が改定されました。前書きに「この表は,科学,技術,芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない」と書かれている通り、この表にない漢字を使ってはいけないということではありませんが、面白そうなので詰将棋関連の漢字をチェックしてみました。
 まず、常用漢字表には駒文字の「桂」がありません。そういえば、「桂」を使うのは地名や人名くらいで、私も頻繁に使うのは将棋だけですね。更に成桂や成香を1文字で代替するための「圭」や「杏」もありません。詰将棋の世界では頻繁に使われる文字ですし、将棋関連ソフトの棋譜形式(.kif形式等)でもポピュラーな文字ですが、やはり日常生活で使う文字ではないせいでしょう。
 詰将棋で使われる用語についてはどうでしょう。例えば「馬鋸」などで使われる「鋸」がありません。「吊し詰め」の「吊」もありません。でもすぐに思いつくような言葉は案外常用漢字で表せることが多く、とりあえずは安心しても良さそうです。仮に、字・読み・送り仮名が常用外の場合でも「これは専門用語だ!」と言い張れば良いだけなので、あまり気にする必要はないのでしょう。
 そうそう「神無一族の氾濫」の「氾」の字は、今回の改定で常用漢字に盛り込まれました。まさか「神無一族の氾濫」のせいで使用頻度が増えて常用漢字に……なんてあり得ないでしょうけどね。

 さて、今回出題の作品は一足早い年賀詰です。卯年にちなんで古将棋の「銀兎」という駒を使っています。「銀兎」が成ったときの駒は泰将棋では「金」、大局将棋では「鯨鯢」ですが、本局は成らない設定です。見慣れない駒ではありますが、「銀兎」は前方への利きの長さが制限された角と思っていただければ良いでしょう。受方の持駒も制限されている(合駒がない)ので、突飛な手筋が出る心配はありません。
 ちなみに「兎」は今も常用漢字表にはありません。日本ではまだ外来生物扱いなのですね。

 

【ルール説明】

【手順】

43兎 63玉 54兎 73玉 64兎 62玉 73兎 52玉 63兎 43玉
54兎 34玉 45兎 25玉 34兎 36玉 45兎 37玉 56王 48玉
84兎 59玉 48兎 68玉 57兎 78玉 47王 69玉 78兎 59玉
48兎 49玉 67兎 まで 33手
詰上り

動く盤面で鑑賞する(Flash版)Flash Player 9が必要です)

動く盤面で鑑賞する(Silverlight版)Silverlight 4が必要です)

 

【解説】

 まずは定跡通り詰上りから考えてみましょう。銀兎2枚では詰上り型を作れませんし、攻方王を活用しても周辺部以外で詰上げるのは無理です。従って、銀兎の利きを利用して開き王手で攻方王を移動しながら、受方玉を盤の端に追い込んでいく手順を探せば良いことがわかります。
 本作での「銀兎」はほとんど「成らない角」に近い扱いですが、「前方向の利きの長さに制限がある」という銀兎の特徴が出る手があります。それは上記手順中の6手目「62玉」。ここまで左に追っていたので、感覚的にはそのまま74玉とか73玉と追い続けたいところだと思いますが、それでは前方向への利きが短い銀兎の欠点が出てしまうのです。試しに「銀兎」を「角」に替えて、成禁の条件下で解いてみましょう。

43角 63玉 54角 73玉 64角 74玉 65角 85玉 74角 76玉
65角 67玉 56角 58玉 67角 47玉 56角 37玉 45王 26玉
53角 15玉 26角 24玉 35角 23玉 36王 14玉 23角 15玉
26角 16玉 34角 まで 33手

 この手順の27手目36王と29手目23角が「角」だからこそ成立する手。「銀兎」だとこの2つがそれぞれ非王手と反則になってしまいます。他にも紛れはありますが、結局玉を盤の横側に押し付ける詰上り型は成立せず、玉を9段目に押し込む詰上り型のみが成立します。

 本局は年賀詰ということで形を重視(初形「1」)したために、銀兎の特徴が紛れに隠れる形になってしまいました。今度は(機会があれば)銀兎らしい手順が表に出る作品を目指すことにしましょう。


【正解者及びコメント】(正解5名:到着順)

瘋癲老人さん

53の兎を2回動かすのが巧手。
これで2手縮まるのはちょっと不思議な感じ。
兎が前に三つ効くと余詰むあたりも感心します。

第161回出題で取り上げた「猛牛」もそうでしたが、古将棋の「足の短い走り駒」はちょっと不思議な手順が出てくることがあります。本局では銀兎と角の違いが余詰防止にしか働いていませんが、2つの駒の違いを表の手順に活かすこともしたいですね。
 
 
もずさん

久しぶりの解答になります。
チェスでビショップが2つ残ったときのエンドゲームに雰囲気が似ていますね。
この駒は後ろにしか長い利きがないので、先手王を動かすためには後手玉が裏側に回り込む必要があり、それを2度繰り返して詰みに至ります。
最近はフェアリーから離れていたのですが、「新約・神詰大全」の原稿に取り組むためにブランクの間に発表された作品を鑑賞しているところです。
(年内の締め切りに間に合いませんでした。申し訳ありません。)

もずさんは第131回出題以来の解答ですね。正に古豪復活といったところでしょうか。残念ながらこちらのサイトでの出題は次回をもって一旦休止になりますが、その分WFPでの活躍を期待しています。
「新約・神詰大全」は原稿の集まりが思わしくないようですが、神無太郎さんのアピール不足にも問題があるので、まあ多少の遅れは仕方ない気もします。
 でもこれが完成したら、「電子書籍を前提とした詰将棋本」という初の試みとなるのでしょうか? iPad版「将棋世界」のように駒が動くと嬉しいんですけど、今回はそこまではしないのでしょうねぇ。
 
 
たくぼんさん

16玉型で詰んだと思ったら、途中兎による非王手があり考え直しました。
角ではない理由がちゃんとあるのですね。

本局では銀兎の特徴は紛れに隠れていたので、直に作意に入られると辛いのですが、皆さん割と16玉型の紛れを読んでいただいたようで、作者としては助かりました。
今度は作意手順でちゃんと銀兎を使わないといけませんね。
ところで、たくぼんさん以降の解答は年賀詰であることを考慮してか、年が明けてからの解答でした。新年のウォーミングアップの役に立ちましたでしょうか?
 
 
渡辺さん

2枚の兎だけでは詰まないので先手玉を2回縁に向かって動かして3枚で詰める必要があります。
そこで効率的に2回の空き王手をすることを考えます。
初手から44兎までは(対称を除いて)これしかない手。
このあと素直に34玉から上を回っても最短で空き王手が出来ますが、兎の空き王手は後でしか出来ないため2回目に手数がかかり過ぎます。
そこで一見無駄に見える「42玉、33兎」の交換で逆回りを強制させれば、意外と近くてやはり56玉までで最短。
今度は手順にもう一つの兎の後利きが玉に隠れて2回目も早く、あとは自然に詰みます。

渡辺さんは第159回出題以来、少しだけお久しぶりの解答です。
今回はお正月休みを利用されての解答ということですが、貴重なお時間を解図に充ててもらって光栄です。
なお、上の短評にもあるように渡辺さんは63兎から入った解答でした。次の雲海さんも63兎から入っており、今回の解答者では43兎の右派3人、63兎の左派2人という拮抗した結果になりました。
作者はもっと右派が多いかなと思っていたのですが、意外とそうでもないようですね。
 
 
雲海さん

王で2回以上開き王手をしないと詰まないので方針は立てやすいのですが、結構難しかったです。
最初のロイヤルバッテリーを作った後、そのままの流れで角追いならぬ兎追いをしたくなるのですが、ここで逆回転するのが心理的に見つけにくかったです。
最初の開き王手でどこへ王を動かすかが難しいかなと思っていましたが、ロイヤルバッテリーを作るためには56が一番自然でしたので、意外と悩まず。
密室物を作っていると角追いの非限定に悩まされるのですが、この作では角と似た性能の兎を2枚使い、かつ盤面一杯使う手順であるのにそれでも非限定なしとは驚きです。

雲海さんの短評で「ロイヤルバッテリー」というキーワードが出てきましたが、これは協力系、特に協力自玉系の詰将棋で詰手順を一気に難解にする重要な要素です。
そもそも私たちは「王で王手する」ということに慣れていません。玉の利きが変わったりしていない場合、王で王手するには開き王手を利用するしかなく、どうやって「王を走り駒の前面に据える形(=ロイヤルバッテリ−)」を作るか、ということを考えねばなりません。
また、王の開き王手で王の位置が変わることにより、詰上りの想定を困難にすることも、難度を大きく上げる要因です。
一時、川清雄氏が攻方玉の移動を含んだ難解な協力自玉詰を数多く発表していましたが、協力自玉詰でなくともロイヤルバッテリーが出てくるような作品は解き応えのある作品になり易いと思います。皆さんもロイヤルバッテリーを素材にした作品を創作してみてはいかがでしょうか。
 
 
すでにWFPで告知されましたが、来月よりWFP作品展の担当をすることになりました。
そのため、このサイトでの出題は次回をもって一旦休止し、WFP作品展の方に専念する予定です。
また、本来なら今回は昨年度解答成績の集計を発表する時期ですが、それでは次回分が中途半端に余ってしまいますので、特例として次回分を2010年度解答成績に合算したいと思います。ご了承ください。

次回の出題は一週間後(1月16日)を予定しています。
管理人の作品ではなく、久々に投稿作品が登場しますのでお楽しみに!

(2011.1.9 七郎)


第165回(2010.11.14)出題の解答

「神無七郎 作」 対面協力自玉ステイルメイト 11王13と22と23と31と32と33と41と42と43と51と52と53と61と62と63と71と72と73と, 15玉 #36 

【出題時のコメント】

 私事になりますが、今週引越しを予定しています。大阪の実家に帰るだけなので作業自体はそれほど大変ではないのですが、ネット環境の引越しもあるため、一時的にメールやホームページの更新などができなくなってしまいます。そのため、今回の出題の解答の受付は引越し作業が終わってから始めます。復旧は金曜日(19日)を目標にしていますが、実際に解答が受け付けられる状態になったら本サイトで告知しますので、解答の送付はその後にお願いします。(※11月18日より通信環境が復旧しました。)

 ところで、引越しのための荷造りをしていたら忘れていたものがいろいろ出てきました。その中のひとつに「酒井桂史ベスト20」と題されたリストのコピーがあります。日付は1989年10月、作成者は湯村光造氏です。「詰棋めいと」向けの記事の下書きかもしれませんが、手持ちの本はすべてダンボールの中に入れてしまったので確認できません。
 このリストは「酒井桂史作品集」の作品番号とその作品テーマが対になった表で、「1:遠飛2回」とか「7:不利交換打」といった具合に20作がリストアップされています。中には「18:短編代表作」など「それはテーマじゃないだろ!」とツッコミたくなるものもありますが、「テーマ」として記述された語句から元の作品を想像するのは中々楽しいものです。特に自分があまり知らなかった作品で、語句から想像する内容と実際の作品がかけ離れていた場合が良いですね。たいていの場合、実際の作品の方が自分の貧弱な想像の上を行っていますから!
 今回このリストを元に酒井桂史作品を鑑賞して、その先進性を改めて認識することができました。例えば「83:『死と乙女』先駆作」は文字通り、山田修司氏の「死と乙女」を先取りした作品ですし、「77:龍飛捨合」は近藤真一氏の傑作「テレポーテーション」に繋がる捨合技法を含んでいます。もちろん、リスト上の他の作品も現代作品との関連を論ずるのに困らないものばかりです。また、このリストにはありませんが酒井桂史作品集の第3番は「不利逃避」の先駆作でした(第116回出題時のコメント参照)。作品全体を洗い直せば更にいろいろな発見があると思いますが、引越しが終わるまでは控えておきましょう。今うっかり鑑賞を始めると、夢中になって引越しに失敗する危険性大です。

 さてさて、今回出題の作品そのものへのコメントを忘れてはいけませんね。これは詰将棋パラダイス12月号掲載予定の「第33回神無一族の氾濫」向けに用意しておいた予備作です。第163回出題とも通じるところがあるので、ヒントとして活用してください。

 

【ルール説明】

【手順】

14と 同玉 24と 同玉 34と 同玉 44と 同玉 54と 同玉
64と 同玉 74と 同玉 73と 同玉 72と引 71桂 63と 同玉
62と引 61桂打 53と 同玉 52と引 51桂打 43と 同玉 42と引 41桂打
33と 同玉 32と引 31角 23と左 22角 まで 36手
最終形

動く盤面で鑑賞する(Flash版)Flash Player 9が必要です)

動く盤面で鑑賞する(Silverlight版)Silverlight 4が必要です)

 

【解説】

 本作は桂4枚を対駒として発生させる素材に収束と序奏を付けた作品です。
 特に最終手は「王手を掛けていない攻方の駒を玉以外で取る」という、普通の詰将棋ではお目にかかれない手が登場しており、「対面」という性能変化系ルールの特徴が出ていると思います。
 ただ、ここからの逆算はやや疑問。桂4枚を発生させたからには角も2枚登場させるようにするか、何か伏線が入るよう工夫すべきだったと思います。とりあえず「と金」18枚を配置できて形は整いましたが、手順は少々薄味になってしまった感が否めません。


【正解者及びコメント】(正解6名:到着順)

NAOさん

収束形は、二つ(桂対と角対)を組み合わせたものでしょうか。
桂が品切れになって最後、34手目から36手目の移動対?が好手でした。

今回の解答一番乗りはNAOさん。「このルールならなんとかついていけそうです」とのことですが、NAOさんなら慣れ次第でどんなルールでも余裕で対応可能な気がします。
 
 
北村さん

と金18個で36手なので、各と金でそれぞれ1回ずつ王手するんだな、
と思ったんですが、どうも詰まない。しばし悩んだら・・・
いやしかし2二のと金がカワイそうすぎる(涙)
あまりに単調にしないのが、さすが七郎さんの腕、と思いつつ
2二と、も何かさせてあげたかった気がします。

本局では攻方の置駒が玉以外によって取られるというのが狙いのひとつだったわけですが、ステイルメイトでは余詰防ぎのために「取られるだけの駒」を置く必要がしばしば生じます。
紛れや不利感を増すために、「取られるだけの駒」は(玉の逃げるコース上で取られる駒は特に)置かずに済ませたいのですが、なかなか思うようには行きません…
 
 
たくぼんさん

残り4手で熟考・・・桂が足りない・・・序に戻って伏線は・・・???・・・そうそう角がありました。

伏線は入れたかったですねぇ。序盤で桂対を入れるような形も考えてはみたのですが…
やはり「と金」18枚にこだわらず、手順の密度を増す方向で逆算すべきだったようです。
 
 
変寝夢さん

最後の5手勝負。35手目を22とばっかり動かして苦労した。
初形と詰め上がりを比べたら面白かった。

変寝夢さんは本サイトでは初解答。実力者の解答参戦は嬉しい限りです。本サイトだけでなくWFPでもぜひ活躍されることを希望します。
 
 
隅の老人Bさん

解図途中では煙るかな?でしたが、桂打発見でどうにか解図。
いつもながら上手いなと感心。
これで今年も暮れて行く。

と金18枚配置は確かにミニ煙を予想させてしまいますね。
本局は煙のように消えるのではなく、壁に張り付いて錆を生じさせるので、さしずめ酸性雨詰でしょうか。
 
 
雲海さん

こんな綺麗な形が完全というのが驚きです。
ただ71桂からの対面らしい手順に比べて、3段目のと金を捨てる手順に対面らしさが全く無いのがやや気になってしまいました。

雲海さんの仰る通り、3段目のと金の捨て方は何とも物足りないですね。
序に発生させた駒の利きが収束で初めて消えるような構成にできればよかったのですが…
 
 
今回は問題が少し易しかったようで、解答者は6名に増えました。
次回の出題は一週間後(12月19日)ですが、いろいろ予定も立て込んでいる(新約・神詰大全の原稿作成など)ため、ちょっと前倒しで年賀詰の出題を予定しています。次回もよろしくお願いします。

おまけ1:
出題時のコメントで紹介した湯村氏の資料ですが、「詰棋めいと」第10号(1990年3月発行)の酒井桂史特集向けの資料でした。「酒井桂史傑作選」と題されたその原稿には、その資料からいくつか追加・変更があり最終的に23題が紹介されています。
「詰棋めいと」をお持ちでない方のために、選ばれた作品とその紹介の見出し文を以下に示します。

酒井桂史傑作選(湯村光造)

酒井桂史作品集自体は詰将棋博物館で鑑賞することができます。(ただし101番以降は正式な発表作ではないようです)

おまけ2:
先日TMLViewを2.30版に更新しました。XML棋譜のURLを直接指定する機能の追加です。
ついでに本サイトでのトップページ出題作をすべてXML棋譜化してアップロードしました。
TMLViewの「拡張機能」のボタンでURL指定欄が表示されるので、そこで棋譜を指定してください。
TMLViewのURL指定欄
上のURLの「probXXX.xml」のXXX部分に出題回数の番号を指定すると、その棋譜が表示されます。
なお、第36回出題のように複数の作品やツインを出題したときは“prob0311.xml”〜“prob0313.xml”のように4桁で指定ます。
TMLViewの最新版は動く盤面で鑑賞する(Silverlight版)と書いてあるところのどこからでも利用できますので、適当な場所からリンクをクリックしてご利用ください。あるいはTMLViewを表示した状態で右クリックし、インストール操作をすれば、デスクトップからの利用も可能になります。(旧版のTMLViewをインストールされている方は、アンインストール後、最新版をインストールしてください。)

(2010.12.12 七郎)


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