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※本ページは詰将棋パラダイス2004年6月号の原稿を編集部の許可を得て再録したものです。
☆ 森茂氏の超大作「龍の顎」。まずは正解手順の記述から始めますが、手順を理解し易くするため、簡単な説明を交えながら進めたいと思います。傍線の箇所は後の解説で説明します。
【詰手順】
47歩、57玉、58歩@同玉、59歩、47玉、
「39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、23王、33歩、27桂、25玉、
33王、36玉、23王、27玉、33王、36玉、23王、25玉、33王、35玉」(=C)
☆ 6手の序奏の後、39に置いた桂を持駒の歩に変換する手順Cが現れます。本作の主軸である持駒増幅機構を予感させるこの手順は、4筋の歩を消去した時に常に姿を現すことになります。(ここまで26手)
「23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、23王、33歩、27桂、25玉、
33王、36玉、23王、27玉、33王、36玉、23王、25玉、33王、35玉」(=A)
☆ 本作の主軸である持駒増幅機構となる手順Aです。歩を桂に変換、桂を歩2枚に変換するという2つのステップで歩を1枚増やします。
(ここまで56手)
23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、36歩、同と、47桂、同と、
☆ このままでは稼げる歩の数が足りないため、35と16のと金をはがします。まずは準備として「35と→47と」の移動を行います。
(ここまで76手)
A、
23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、A33王、26と、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、36歩、同と、47桂、同と、
☆ まずは35との消去に成功。ここで「16と→47と」の移動も行います。
(ここまで126手)
A、A、
「23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、25玉、33王、35玉、
36歩、46玉」(=B)
58桂、同と、47歩、57玉、58歩、56玉、57歩、45玉、46歩、36玉、
23王、25玉、33王、35玉、
☆ 持駒歩を補充した後、その1枚を桂に変換して(手順B)、47とをはがします。
(ここまで212手)
「A、A、B、47歩、同玉、C」(=M)
☆ 4筋の歩を消去する手順Mです。その目的は稼げる歩の枚数を増やして、5筋の歩下げを可能にすることです。(ここまで306手)
「A、A、A、B、47歩、57玉、58歩、47玉、C」(=N)
☆ 5筋の歩を下げる手順Nです。この後、歩を稼いで一気に基本形に持ち込みます。(ここまで432手)
A、A、A、B、
47歩、56玉、57歩、67玉、68歩、77玉、78歩、76玉、77歩、85玉、
86歩、96玉、97歩、95玉、96歩、94玉、95歩、93玉、85桂、同歩、
94歩、84玉、85歩、75玉、76歩、66玉、67歩、55玉、56歩、45玉、
46歩、36玉、23王、25玉、33王、35玉、
(基本形:ここまで570手)
持駒 歩
「A、A、
23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、27桂、46玉、47歩、56玉、
57歩、45玉、46歩、36玉、23王、27玉、33王、36玉、23王、25玉、
33王、35玉、M、N」(=T)
☆ 基本形から5筋の歩を下げる手順Tです。
(ここまで662手)
A、A、A
「23王、33桂、36歩、25玉、33王、36玉、23王、27玉、33王、23歩、
39桂、36玉、23王、25玉、33王、35玉、27桂、46玉、47歩、56玉、
57歩、67玉」(=D)
68歩、76玉、77歩、66玉、
「67歩、55玉、56歩、45玉、46歩、36玉、23王、27玉、33王、36玉、
23王、25玉、33王、35玉」(=E)
☆ 5筋の歩を下げた後、6筋ではなく、直ちに7筋の歩下げを行います。ここからは加藤徹氏の「寿限無」と構造は同じで、「ある筋の歩を2つ下げると、その左の筋の歩を1つ下げることができるが、その際、それより右の歩は元の位置に戻ってしまう」という再帰手順に入ります。ここから収束までは説明を省略します。
(ここまで1012手)
T、A、A、A、D、68歩、77玉、78歩、66玉、
E
(基本形からここまでをW7とする。ここまで1454手)
T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、75玉、76歩、66玉、
E
W7
T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、86玉、87歩、75玉、76歩、66玉、
E
(基本形からここまでをW8とする。ここまで3230手)
W7
T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、94玉、95歩、84玉、85歩、75玉、
76歩、66玉、
E
W8、W7
T、A、A、A、D、
68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、95玉、96歩、84玉、85歩、75玉、
76歩、66玉、
E
W8、W7
T、A、A、A、B、
(以下収束。ここまで12516手)
持駒 桂歩歩
47歩、56玉、57歩、67玉、68歩、76玉、77歩、85玉、86歩、94玉、
95歩、93玉、85桂、同桂、94歩、84玉、85歩、75玉、76歩、66玉、
67歩、55玉、56歩、45玉、46歩、36玉、23王、25玉、33王、35玉、
23王、33桂、27桂、25玉、33王、24金、17桂、14玉、26桂迄
12555手。
(詰上り)
持駒 なし
駒井信久―超大作に接することができ本当に良かった。丸一日費やして解いたが興奮が覚めず眠れなくなったほど。手順を記号化すればよくわかるが、反復手順が入れ子構造になっていて実に美しい。最初の発表から19年の年月を経てようやく日の目を見た幻の作であり、これ以上のものには当分出会えないだろう。
市村道生―限りなく膨張する宇宙を連想させる構想。そこには数多くの謎が秘められ、作者の叡智と情熱が偲ばれる。解答者への豪華な贈り物。
kz―盤面狭しと巨龍がうねる迫力。看寿賞も狙えるのでは?
☆ ばか詰の歴史に名を刻むであろう本作の正解者は右の3名。いつになく多弁な駒井氏に比べ、他の2人はコメントが短いと思った方はいないでしょうか?
☆ ご心配なく。この2人は、正式な短評の他にも解図の苦心点を何ページにも亘って語ってくれています。その「証言」を交えながら、本作の解説を進めましょう。
市村道生―この部分には、3箇所の難関があります。23歩合による持駒の補充、35・16との持駒への活用と59歩による47との消去です。夫々の発見に手間取り、何度か、誤植では?と疑いました。(失礼)
特に59歩は、心理的な盲点の絶妙手で、解図断念に陥る鬼門とも言えます。
☆ 本作の解答者が極めて少なかった第一の原因は、やはりこの序盤にありそうです(正解者3名以外には誤解者1名と白旗解答1名があったのみ)。持駒増幅の機構を発見するのは難しくないとしても、足りない歩を補充するためのと金消去は思い付くこと自体が難しいですし、その実現も大変です。特に2枚目のと金を58地点ではがすのが難しく、4手目の@であらかじめ59歩型を作らなければいけません。
kz―16とを47へ移動させた辺りまでは何とか順調でしたが、その後、右下の駒ハガしという見当違いの方針に基づいて49や38のと金にアタック。どうにもならずほとほと困りました。やけくそで、93まで玉を追い詰めたら、やっと84歩を入手できることに気付きました。ところが、ニブい私は73桂も狙えることに気づかず、引き続き28香狙いの右下へのアッタクを続け、やはりうまくいきません。(中略)しばらくして、桂を入手できることに気づき、やっと詰ますことができました。
☆ と金を消去した後、84歩をはがして「寿限無」型の歩下げの舞台が整います。歩下げの目的が「寿限無」では「攻方の香を渡す」ことだったのですが、本作では「桂をはがす」に変わっています。84歩をはがす序奏、73桂をはがす収束、共に、持駒増幅機構に桂があることを活かしています。
☆ さて、ここまで来れば、とりあえず本作を「詰ます」ことは可能です。しかし、多くの人は計算をしてみて大幅な手数オーバーに気付くでしょう。そう、あらすじだけ読んでも小説を読んだことにならないように、本作の解図もここからが本番なのです。
市村道生―最初から、73桂を取るにはDo-Loopでグルグル回して、歩の位置をずらせば簡単との楽勝ムードで取り組みましたが、手数が大幅に超過して、手数の短縮に苦吟する破目となりました。当初は、9筋での詰上りが見えていたので、この部分の手数を少々短縮しても無駄な努力と悲観していましたが、1筋での収束を発見して元気を取り戻し、ついに、5筋の歩位置変更の先着に気付き、ようやく作意解に辿り着きました。これは、通常は若番側から順次古番側へ処理するのが常識的な方法ですが、可能ならば、遠い筋から処理した方が短手数になるのではと思い直して試行した結果です。(中略)この作品で感心したのは持歩の数で、可能な数は2枚〜4枚。これが夫々の局面で多過ぎず少なからず、実に微妙な綾で長手順を支えています。
kz―「やった、解けた」と喜んでからも大変でした。実は解けていなかったので。(中略)やみくもに歩を下げる作業をしていた惰性から、6筋の歩も68まで一度下げて67に突き出すというムダをしていました。また、後半で{56歩、46歩}の状態から5筋の歩を2つ下げて46歩を消去する場面で、「46歩を消去してから5筋の歩を連続して下げる」という順序を採っていたため、持歩が1歩余分に必要となり、その入手のために大きなムダが生じていました。(中略)「5筋の歩を一度下げて、46歩を消して、その後5筋の歩を下げる」という順序は、前半での{57歩、46歩}の状態からの手順が参考になるとはいえ、意表をつかれました。
☆ 7〜9筋の歩下げは完全に規則的ですが、その右の筋は複雑です。結論として6筋の歩下げは行わず、5筋は6段目から8段目に下げ、9段目までは下げません。4筋の歩は消去します。稼ぐ歩の数も2〜4枚の間で変化します。
☆ もし、これで非限定があれば、この不規則な手順はとても読む気になりませんし、解けても不満が残るでしょう。手順が完全限定であるからこそ、苦労も報われ、解けた時の達成感もひとしおのものがあるのです。本作が唯一解であるという事実は記録の面で重要というだけではなく、繊細な手順の妙を生み出す役割を果たしています。
☆ さて、ここまで触れませんでしたが、本作の序に意外な落とし穴がありました。手順のAの所です。
kz―さらに、そのムダを省いた後に、12557手になったのも困りました。(中略)結局、この2手のムダというのは、16とを47へ移動させる過程で26へ移動させる際に、33玉の空き王手に対しての移動合によって移動させるべきところを、23歩合を取って、その歩を26へ打ち、同とで移動させていたことによるものでした。(中略)他の解答者の方は、似たようなミスをしたのでしょうか? とにかく、一度落ち込むと気づきにくいミスだと思います。
☆ お恥ずかしい話ですが、実は解説の私もこれにはまり、結局答をカンニングしました。誤解の1名の方もここにはまっていましたし、解答を寄せられなかった方の中にも同じ誤りをした人がいたと思われます。
市村道生―この作品の解答に参加できた喜びを噛み締めながら、この作品を提供して頂いた作者、担当者ならびに詰パラに感謝いたします。
kz―本当にスケールの大きな作品でした。前身が350号で出題されたということは、10年がかりで作られたということでしょうか。それだけ力が入った作品であることをひしひしと感じ、大変楽しめました。(後略)
☆ 出題時に私は1970年代を「ばか詰黄金期」と表現しましたが、同時にこの時代は混沌の時代でもありました。超大作では非限定どころか早詰も当たり前、解答者もそれを承知で作者との知恵比べを楽しんでいた風があります。
☆ その中にあって、森氏の作品群は、構成が巧みな点でも、キズが少ない点でも、当時から飛びぬけた存在でした。黄金期の熱気と現代の洗練とを兼ね備えたこの「龍の顎」は、そのような下地があったからこそ誕生したのです。
☆ 本作の唯一の弱点は、繰返し手順の骨格を「寿限無」から借りていることでしょう。また、唯一解ばか詰の長手数記録という面についても、「寿限無」の非限定を消すことで、記録を大幅に更新できることが「龍の顎」出題後に判りました。「寿限無」の偉大さを改めて感じさせられます。
☆ 加藤徹作「寿限無」の完全限定化案(森茂・橋本孝治による)
☆ 本作についてはまだまだ語りたいことがありますが、残念ながら紙数が尽きたようです。最後に作者自身の言葉を紹介します。
作者―「龍の顎」の持駒増幅手順を考案したのは、昭和49年頃でした。これを基に、横に並んだ歩を下げてゆき数千手から1万手前後になる案で、十年間ほど折に触れ修正検討を続けたのですが、手順限定することが出来ずに断念。やむなく、斜めに並んだ歩を順次二段下げていく「寿限無」の手筋を拝借することにして、基本形を作ってみましたら1万2千手弱で手順限定できそうでしたので、それの序に580手付け加えた作品を350号に出題させていただきました。寿限無に似ないようにと付け加え過ぎたのが災いして、簡単な早詰め等で潰れていました。
再出題の機会は与えられたようでしたが、修正に自信はなく、約2倍の手数のばか千日手24410手に改作して、ばか詰の方は捨てるつもりでした。しかし平成13年に別作で、ばか千日手25920手が作れることが分り、「龍の顎」は手数が半分になってもばか詰にして残すべきだと考えが変わり今回の運びとなりました。
【補足】
☆ 本作の棋譜や解説の補足、知っていただきたい関連作品についての紹介等をOnsite
Fairy Mateに掲載しました。ぜひご参照を。→「龍の顎」補足情報